• "福岡伸一先生がこんなエピソードを紹介していた。 アメリカで分子生物学の学会があった。 福岡先生がその開会セレモニーに参加したとき、学会長の挨拶があった。 学会長はドイツ人の学者であった。 彼はこう言ったそうである。 「この学会の公用語はEnglish ではありません」 会場はどよめいた。ではいったい何語で学会は行われるのであろうか・・・ 学会長はこう続けた。 「この学会の公用語はPoor Englishです」 私はこの構えを支持するものである。 Poor English はシェークスピアやポウを読むための言語ではない。 それは「英語を母語としない人々同士が意思疎通を果たす」という目的だけに限定されたリンガ・フランカである。 Poor Englishをオーラル・コミュニケーションの場で用いる際のいくつかの規則をここで定めておきたい。 (1) 決して話者の発音を訂正してはならない (2) 決して話者の文法的間違いを訂正してはならない 「発音の間違い」や「文法的な間違い」が指摘できるということは、「正しい発音」や「正しい文法的表現」が「正解」として知られているということである。正解がわかっているからこそ、それが「誤り」であるとして訂正可能となるのである。 正解がわかっているということは、話者が「何を言いたいのか」はすでに知られているということであり、それはPoor English においては十分なコミュニケーションが成立しているとみなされる。 (3) ただし、自分より話すのが下手な人の「言いたいこと」をより適切な文に「言い換え」て対話を継続することは許される。 (4) Poor Englishは学校教育のどの段階から開始しても構わないが、教師は「英語を母語としないもの」とする。 とりあえず、私が思いついたルールは以上の4点である。" permalink